無酸素BLOG

意味なんてねーよ、意味なんて

味表現の難しさ

ことば。

言葉の持つ本質に関しての考察を、ぼくは常日頃からちゃんと考察している。つもりである。と、まあ、言葉についての掘り下げた話はまた次回以降に託して、今回はちょっとした小話ネタをひとつ。

そもそも言葉というものは、ただの記号に過ぎないわけだけれど、そのため、国語辞典の厚さを見てもわかるとおり、実に膨大な量、存在する。だがしかし、だがしかしである。味に関してとなると、言葉はとても貧弱だ。料理の味を言葉でうまく表現できないのもそのせいだ。味に関して定義されている言葉は、実に基本的でわかりやすい味に関してのみである。

しかし、一言で表現できてもよさそうなのに、その言葉がないという、わりとわかりやすい「味」がひとつだけ存在した。ふつうは、塩はしょっぱい、砂糖は甘い、酢は酸っぱい、キムチは辛い、薬は苦い、などと基本的な味はそれに対応した言葉が定義されている。表現しづらい味というのは、これらの味が複雑に絡み合ったような(もっともこれらの味ほとんどを兼備した味など想像もできないし、したくもないが)、とにかく複雑な味の場合であるはずだ。なのに、わかりやすい味のはずなのに、それに対応した言葉がない。それはいったい、どんな味なのかというと、薄荷やミントのことだ。あれなんて表現するの? 「すうっとする」と言うしかないのか?

だいたい「すうっとする」っていうのは、味を表した言葉じゃなくて、それを食べたことによる喉の状態を表した言葉ではないか。あれだけはっきりとした味なのに、どうしてあの味だけ表現する言葉が存在しないのだろう。それは日本語だけだろうか。外国語のなかにはそれを表現した言葉があるのだろうか。うーむ、非常に気になるところである。いや、別にそこまで気にはならないけど。





っていう更新日時が2003年のワードファイルを見つけた。
なんぞこれwww